「不穏な気配……ですって?」  僕はそれを聞いて、いったい何を言っているのか解らなかった。正確に言えば、解りたくなかったのかもしれない。  だってそうだろう? その村長の発言が正しければ、その発言を一から十まで信じるならば――。 「それってつまり、私たちの中に裏切り者が居るということですか……?」 「まあ、君たちは学生同士だ。それも、あまり経験も深くないのだろう。だから、実際には裏切り者というよりも、別の目的があって行動していると言ったほうが正しいかもしれませんね」 「それは……」  やっぱり、聞き直しても、どういうことなのか解らなかった。  解りたくなかった、の間違いかもしれない。  だって、考えてみればわかる話。いままで行動してきた人の誰か一人が、敵だというのだから。 「でも、村長さん。その話を聞くと……もう、その気配を発している人が誰であるか解っているような言葉になりますけれど」  メアリーの言葉を聞いて村長は頷く。 「どうやらそこのお嬢さんは利口なようじゃな。うむ、まさにその通り。私には人の気配を読む力がある。祓術師だった祖先の名残、ともいえるかもしれないが、実際問題、それは使い物にはならなかった。せいぜい、息をひそめる動物を探すくらいだったからのう。だから、ここまで使い物になる機会が訪れるとは、全然想像もしていなかったよ」 「……」  ルイスさんを見ると、ずっと俯いていた。眠っている――ようには見えない。いったいどうかしたのだろうか? そう思って近づこうとしたが――。 「近づいては、なりませんぞ!!」  村長の大声を聞いて、思わず静止してしまった。 「……いったい、どういうことですか?」 「ばれているのならば、仕方あるまい」  ルイスさんはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。 「もう無駄だぞ。たとえ何をしようとしているのか解らなくとも、その邪悪な気配を隠し通すことは出来ない」 「もともと隠すつもりなど無かったさ……。どこかのタイミングで、目的を達成させてしまおうと思っていた」  ふらり、ふらり。  身体を揺らしながら、なおルイスさんは俯いている。  もう彼は、つい先ほどまでの模範的な優等生、ルイス・ディスコードでは無くなっていた。 「予言の勇者と神の一族……そいつらを殺すために、うまいところまで運ぼうと思っていたのに、よ。時間のかからないように、事故に見せかけたほうが一番だと思っていたのに。まったく、すべてぶち壊しやがって。もう許せねえ、もう許してたまるかよ……!」  ルイスさんの背中から、何かが出現する。  それは、黒い翼だった。  ルイスさん自身を隠す、巨大で、黒い翼。それは闇の象徴であり、ルイスさんが人間ではない――別の何かであることを示すには、充分すぎる証拠だった。 「本性を現したか、それがもともとのあなた……。メタモルフォーズ……いや、この場合は、合成獣(キメラ)……?」  フッ、と鼻で笑うルイス。  ルイスの顔もまた、翼の現出に伴い変化していた。頬骨が出て、痩せこけている。全体的に顔を縦に伸ばした――とでもいえば伝わるだろうか。そういう感じだ。 「ああ、そうだよ。合成獣さ! 残念ながら、僕たちは合成獣がこれ以上のレベルのものがたくさんいるけれどねえ!! 合成獣を見て驚いただろう? 恐れ戦いただろう?」  合成獣。  もちろんそんな名前はゲームや小説の中でしか聞いたことのない代物だった。  それが今、目の前に立っている。  目の前に立って、僕たちを殺そうとしている。  ルイスは一瞥して、頷く。 「……やはり、これ以上時間をかける必要は無いね。神の一族も予言の勇者も力を持っていない。ならば、今のうちに――倒しておくべきだ!!」  翼を広げて、ルイスは走る。  目的地は、僕のいる場所。  ルイスの腕の先端を、針のように尖らせて。  危機が迫っているにも関わらず、僕はすぐに行動に示すことができなかった。  メアリーとルーシーも動けない。村長も、あまりに一瞬の行動で動くまでの時間が釣り合わない。  僕が動かなきゃ――僕が逃げなくちゃ!  そう思っている間にも、ルイスの腕が迫る――。 (もう……逃げられない!)  目を瞑り、僕はその瞬間を待つしかなかった――。  ――のだが。 「……あれ?」  いつまで経っても、それがやってくることは無かった。  恐る恐る目を開けると、そこには、うっすらと緑色の壁が出来ていた。  そしてその壁に、ルイスの腕が突き刺さっていた。 「これは……!」 「何とか、間に合ったようね。みんな」  そして僕の目の前には、ある女性が立っていた。  それは僕もメアリーも、もちろんルーシーも知っている――ある人物だった。 「サリー……先生?」  そう。  サリー先生が、僕の目の前に立って、バリアを張っていた。 「サリー……サリー・クリプトン! どうして、どうしてお前がトライヤムチェン族の集落に居る! ここから学院までは半日もかかるはず! そう簡単に向かうことなんて……」  ルイスは腕を抜いて、 「いや、それよりも……。どうして、僕のことが合成獣だと解った?」 「校長が、私に伝えてくれたのよ。あなたのことを、ね……」  ◇◇◇  フルたちが旅立ってすぐ、サリー・クリプトンはある人物に呼び出されて学院の中を歩いていた。  静かな学院を見て、とても不気味に思いながらも、それは彼女にとってどうでもいいことではあった。現在、一学年の全生徒がレキギ島の各地に研修に向かっているためである。だからこそ、今は誰が侵入してきても解りやすい。  そもそも。  このラドーム学院という場所は西と南を断崖絶壁に、北と東を雪山に囲まれている場所に位置している。そもそもどうしてこのような場所に学院が置かれているのかは別にして、ラドーム学院が全寮制となっているのはそれが理由だと言われている。  そのため、ラドーム学院に入るには港町のクルシアート近くから延びる廃坑を通らないといけない。廃坑、と語っているが正確に言えばそれは廃坑ではなくそのように模した洞窟となっている。  ただ単に山道を切り開かなかった理由は、侵入者を防ぐためである。  ラドーム学院は錬金術だけではなく、魔術、化学等様々な分野の学生を育成している。そういうこともあって先生も超一流の魔術師や錬金術師などその分野のエキスパートを揃えている。  当然、そのエキスパートを狙う敵が居てもおかしくない。別に学院はラドーム学院だけではなく、様々な場所に置かれているのだから。  ラドーム学院に入るとスカウトを受けることは禁止されている。理由は『そのようなもので学生への教育が滞ってはならない』という為である。それが原因かどうかは解らないが、ラドーム学院に所属するエキスパートはどれも高給取りであることもまた、事実だ。  閑話休題。  ラドーム学院の通路を抜けて、図書室へと入るサリー。  図書室にあるメタモルフォーズがモチーフになっている石像に触れて、つぶやく。 「サリー・クリプトンです。ただいま到着いたしました」  その言葉を聞くと、石像がそれを合言葉だと認識していたかのように、競り上がっていく。  石像が競り上がると、その中に螺旋階段が出来ていた。  完全に競り上がったのを確認して、螺旋階段を下りていく。暗くなっているので、道中明かりをつけないといけないのだが――そんな必要は無かった。  なぜなら彼女の歩幅に合わせて、ゆっくりと炎がついていくためである。魔術なのか錬金術なのか、それとも別の学問なのか、どういうメカニズムでそれが動いているのか解らないが、とはいえ彼女がわざわざ錬金術で炎をつける必要がない、ということはとても便利なことなのだ。  螺旋階段を下りると、そこには扉があった。木でできた質素な扉だ。しかし彼女はその扉の向こうに何があるかを知っている。誰が待ち構えているかを知っている。だからこそ、これまで以上に緊張していたのだ。  数回ノックをして、彼女は息を吸った。  気持ちを落ち着けて、彼女は言った。 「失礼いたします」  そして、彼女は扉を開けて中に入っていった。  部屋の中は豪華な内装になっていた。壁はすべて赤い煉瓦で構成されており、天井にはシャンデリアがつりさげられている。さらに部屋自体の構造が二階建てとなっており、二階には壁を埋め尽くすほどの本が本棚に敷き詰められていた。  その中心、大きな机に向かって椅子に腰かけている一人の男が居た。  黒い帽子を被った、顎鬚を蓄えた老齢の男性だった。老眼になっているのか、書物を見ているとき用と思われる老眼鏡を装着して、書物を読んでいた。  サリーが入ってきたのを見て、男性は顔をあげてサリーを見る。 「サリー・クリプトンです。ご用件は何でしょうか、校長」 「まあ、そこで立っていないでここまで来なさい。話せる内容も話せないぞ」  そう言われたので、サリーはその通りに従った。  彼こそがラドーム学院の校長であり、設立当時からその職に就任している、ラドーム・イスティリアだった。  ラドームはサリーが机の前に立ったのを確認して、立ち上がる。 「まあ、そこに椅子があるから、適当に使って腰かけなさい。話はそれなりに長くなる。とはいえ急を要する事態になっていることもまた事実。だから君を呼んだのじゃよ。君ならば、何かと役に立つと思っていたのでね」 「そう思っていただけて、とても嬉しいです」  サリーは椅子を取り出して、机から少し位置を離した場所に置いた。  ラドームはそれを確認して、右手を差し出す。座ってもよい、という合図だ。  それを確認したサリーは「失礼します」と言って腰かけた。 「さて、私が君を呼んだことについて説明する前に、一つ聞いておきたいことがある」 「なんでしょうか?」 「君のクラスに……フル・ヤタクミという学生はいるか?」  フル・ヤタクミ。確か居たような気がする。 そう思ってサリーは頷いた。 「居る、か。ならば良い。聞いた話によれば、フルたちのグループはトライヤムチェン族という原住民の儀式を見に行く、だったな?」 「ええ、そうですが……それがどうか致しましたか?」 「実はアルケミークラスには、怪しい動きがあるのだよ……。私も独自に監視の目を広げていたのだが、予想外だった。まさか今回の研修に行く上級生の中にそのような人間がいるとは」 「ちょっと待ってください! それってつまり、反社会的組織に所属している人間が、このラドーム学院に居るということですか……?!」 「だから、それを言っている。一応言っておくが、可能性ではない。これは確定事項だ。すでに証拠も掴んでいる。彼奴……ルイス・ディスコードは人間ではない。彼奴は合成獣だ。ASLにより開発された、『十三人の忌み子』の一人だよ」  十三人の忌み子。  ASL――シュラス錬金術研究所が生み出した、負の遺産の一つである。  人間は人間の根源、その遺伝子を解明することで人間の未来を切り開くことができると考えた。そう考えた先端に居たのが、シュラス錬金術研究所の顧問であるミライド博士だった。  ミライド博士は最初こそその研究をしていたのだが、徐々に人間と組み合わせることのできる動物の遺伝子を調べて、それにより新たな神秘を生み出すことができる――今、科学者がその話を聞けば卒倒するだろう、そんな研究に足を踏み入れることとなった。  それにより選ばれた十三人の忌み子は、それぞれ別の種族の遺伝子を組み込まれ――合成獣となった。 「あれはとても問題になりましたね……。我々ラドーム学院の学生にも被害者が居て、社会的問題になったのを覚えています。しかし、十三人の忌み子はすでに保護されているはずでは?」 「そうだった。そうだったのだよ。十三人の忌み子のうち七名が死亡、三名が保護され、うまく合成獣から人間へと戻ることができた。……だが、残りの三人はどうなったと思う? 君は知っているかね?」 「ええ……。確か、『行方不明』になった、と……」 「それは『表向きの話』だ」 「え……?」  それを聞いたサリーは顔を強張らせた。 「実は残りの三名は、ある人間が引き取ると言い出した。シュラス錬金術研究所の解体も彼女が実施すると言い出した。私もそうだが、世界のすべてが彼女にノーとは言えなかった。そしてそれは秘密裡にされて、真相を闇の中に隠すことにした。……誰だか解るかね? その人間が」 「まさか……スノーフォグの王、リュージュ……ですか?」  こくり、とラドームは頷いた。 「私は昔からリュージュを見てきた。だからこそ、だからこそ解るのだよ。アイツは危ない存在だ、と。いつか世界を滅ぼしかねない。いや、正確に言えば自分の力を過信しすぎて、自分そのものを滅ぼしてしまう可能性のほうが高かった。だから私は幾度となくアイツにそのようなことは止めるべきだ、と言った」 「リュージュは……なんと答えたのですか?」 「ああ、未だに覚えておるよ。アイツは、子供のような無邪気な笑顔で、こう言った」  ――ラドーム。あなたも解っていないようだから言っておくけれど、一度きりの人生を楽しまないと、後悔するわよ。私は、欲望のままに生きているのだから。  それを聞いたサリーは何も言えなかった。  ラドームは深い溜息を吐いて、話を続ける。 「今思えば、あの時に止めておけばよかったのだよ。例え私の命を懸けてでも。だが、それは出来なかった。それだけは許されなかった。私の古い友人との約束だよ……。それが、私がリュージュを、命を懸けてでも止めるという最悪の手段に至らせないで済んでいる」 「……そんなことが……。しかし、校長。そのこととルイス・ディスコードに何か関係が?」 「だから言っただろう。ルイスは十三人の忌み子の一人。そして、リュージュが保護した人間のうちの一人なのだぞ。そして放っておけば確実に、フルたちに牙を剥くはずだ」 「それはマズイですが……しかしやはり気になります。どうしてフルたちを狙うのですか? 正直な話、フルたちを狙う理由が全然理解できないのですが。納得できる理由を説明願えますでしょうか?」 「うむ、出来ることならあまり口外したく無かったのだが……緊急事態だ。致し方あるまい。実は――」  そしてラドームはサリー先生に、フルの正体を明らかにした。  それを聞いたサリー先生は絶句して、何も言えなかった。 「まさか、そんな……」 「そんなこと、斯様な平和な世の中では想像出来ないだろう? もっと言うならば、必要ない存在だと言ってもいいかもしれないな」 「確かに……そうかもしれませんが、しかし、そうなると、いずれこの世界に……」 「ああ。何らかの災厄がやってくる可能性はある。そして、その日はもう、そう遠くない」  ラドームの言葉を聞いて、サリー先生は自分が何をすればいいのか――考える。  結論を考え付くまでに、そう時間はかからなかった。 「では、私はフルたちを助けるためにトライヤムチェン族の集落に向かいます」 「うむ。そうしてくれ。ルイス・ディスコードがどれほどの実力かは解らない。学校の実力ではまずまずの成績だが……『十三人の忌み子』の一人であればその成績は嘘の成績かもしれない。だから、実力は――」 「未知数、ですね」  こくり、とラドームは頷いた。  ◇◇◇ 「まあ、いい」  ルイスは、サリー先生という予想外の相手が登場したにもかかわらず、その反応は至って冷静なものだった。  まるでこのような事態になることを予測していたかのように。 「……どうやら、予測していたようね? 邪魔が入ることを」 「当然だ。邪魔が入らないと思うわけがあるまい。むしろ、邪魔が入るという前提で進めていたのだから」  そう言ってルイスはあるものを取り出した。  それは卵だった。掌に乗るほどの大きさであるそれを握りしめて、ルイスはサリー先生のほうへとそれを投げた。 「マズイ!」  サリー先生は慌ててそれをバリアで守ろうとしたが――間に合わず、まともにその卵を受けてしまった。 「「サリー先生!!」」  僕たちは三人、同時にサリー先生の名前を叫んだ。  サリー先生は倒れることは無かったが、小さくうめき声をあげていた。  何か口を開けて言っているようだったが、それはフルたちに聞こえることは無かった。 「まさか……あれは『マジック・エッグ』!?」  メアリーの言葉を聞いて、フルはそちらを向いた。 「知っているのか、メアリー!?」 「ええ、あれは錬金術師にとって簡単に術式や物体を封じ込めることができる代物なのよ。だからあれを使うと、魔法をたとえ使えなかったとしても使うことができる……」 「さすがは神の一族。そういう技術については一家言あるようだ」  ルイスの言葉に首を傾げるメアリー。  そういえば幾度となく神の一族と誰の代名詞か解らない言葉を言っていたけれど、誰の代名詞なんだ? 「あなた……どうして知っているのよ」 「知っている? ああ、別にいいじゃないか。その情報の出どころくらい。君に言ったところで何も変わらないけれど、だからこそいう必要は無い。だから僕は言わない。代わりに、サリー先生にしてあげた魔法の説明をしてあげるよ」  そう言ってルイスは鼻で笑った。 「サリー先生にかけた魔法は『ダークネス』。名前を聞けば解るかもしれないけれど、五感を封じ込める魔法のことだよ。残念だったねえ! 突然やってきた先生は救世主になるかと思っていただろうに、五感を封じる魔法でいとも簡単に無効化されてしまうのだから! アハハハハハハ!」  ルイスは高笑いする。  確かに、僕たちの置かれた状況は最悪の一言で説明できる。それほどにひどい有様だった。  メアリーとルーシーの実力を僕は知らないけれど、一年生ということを考えるとそこまで強力な錬金術は使えないだろう。僕は言わずもがな、サリー先生が一番の実力者だったのに目と口を潰されてしまってはもう何も出来ない――。 (フル、聞こえるかしら?)  それを聞いて、思わず僕は耳を疑った。  だってその声はサリー先生の声だったのだから。サリー先生は、正確に言えば、脳内に声を伝達させていた。テレパシー、とでも言えばいいだろうか。  僕は思わず声を出してしまいそうだったが、すんでのところで抑える。だって、それがばれてしまえば気付かれてしまうからだ。五感を封じ込めたにも関わらず、テレパシーで疎通ができると解れば、もしかしたらそのままサリー先生を殺してしまうかもしれない。 (先生、大丈夫ですか?)  だから僕も脳内に声を出すことで、それにこたえようとした。果たしてそれでテレパシーの使用方法として合っているのか解らないけれど、とにかく今は必死にサリー先生の言葉に答えようと思ったからだ。 (ええ、大丈夫よ。……と言っても、やっぱりあのルイスの言った通り、五感は全部封じられちゃったけれどね)  封じられちゃった、って随分軽い説明になるんだな。そう思ったけれど、それは言わないでおいた。 「さて……どうしてくれようかなあ? あとは、無力化しているに等しい三人だけだし、どうとでもなるよね」 「おぬし、ここがどこだか忘れているようだな?」  すっかり誰も言っていないけれど、発言に暫く参加してこなかった村長が口を開いた。 「部外者は黙っていてもらおうか。それとも、死にたいのか?」 「この村でそんなことをしている時点で、この村の長である私は部外者ではないと思うがね?」 「屁理屈を」 「さて、どうかな?」  そう言って、村長は手を合わせる。 「……まさか」  それを見たルイスの目が丸くなる。 「先住民族は魔法や錬金術など使えないと思っていたか? だとすればそれは大きな間違いだよ。……食らえ!」  そして、手を放すと――村長の両手から、炎が放たれる。  距離にしてほぼゼロ距離。避けようにも防御しようにも、時間があまりにも足りなかった。  そしてルイスはその炎をモロに受けた。ルイスの周りが白い煙に包まれて、いったいどうなったか解らなくなる。しかしその場は見守るしかない。そこで動いて煙の中に入ってしまうと敵の思う壺だ。  だから僕もメアリーも、もちろんルーシーもほかの人も、その煙が晴れるのを待つしかなかった。 (……まだ反応があるわ)  いち早くそれに気づいたのはサリー先生だった。 (サリー先生、五感が封じられている今、どうして解るのですか?) (五感を封じられたとしても、感じることは出来る……。超音波と同じ仕組みかしらね)  超音波、ですか。  まあ、それは別にいいのだけれど。超音波で跳ね返ることで、位置を把握するシステムなら前の世界でもイルカが使っているとかで聞いたことはある。だから理解できないことではないし、理解したくないわけではない。 「……気を付けろ、メアリー、ルーシー。もしかしたらまだ……生きているかもしれないぞ」 「ほう。気付いていたか、まだ生きているということに」  その声を聴いて、冷や汗をかいた。  同時に、いつ攻撃が来ていいように構えをとる。  煙が晴れていくにつれて、ルイスの状況が見えてくる。  ルイスは翼を使って、炎を防御していた。翼に傷こそ負っているものの、まだ戦える様子だった。 「残念だったな、村長……。どうやらあの魔法で私を倒すことができると思っていたようだが、それは間違いだ」 「倒せるものではないと思っていたが……まさかこれほどまでとは」 「ここでは舞台が狭い。戦いの場を移すことにしようか、予言の勇者よ」 「なんだと?」  唐突にそう言われて、耳を疑った。  急に場所を移動しようなどと、そんなことを言っているということは、余裕がまだ残っているということだろう。だとすればかなり厄介だ。  村長はもう疲弊してしまっているし、ルーシーとメアリーもどこまで戦えるか解ったものではない。となると、あとは……。 (フル、あなたにお願いがあります) 「?」  突然サリー先生がそんなことを言い出したので、僕は首を傾げた。 (なんでしょうか?) (どうやら未だ気配は感じとれるようです。……ですが残念なことに、通常の状態では超音波が何かに干渉してしまって届きません。要するに位置が把握できないのです。ですが、先ほどの状態ならば干渉は無かった……。言いたいことが、解りますね?) いいえ、全然わかりません。 (……つまりですね、気を引いてほしいのです。攻撃をする。それにより相手が防御する。すると干渉が外れるので位置を把握することができる。それを狙って攻撃をする。……相手が超音波で位置を把握することを知らなくて助かりました。もし知っていたらこの戦法が通用しませんからね) (ですが、武器は?) (出発前に渡した爆弾があるでしょう? 本来は動物を脅かす目的に渡していますが……きっとそれを使えばヤツの集中が途切れるはず) 「……成る程」  僕は考えた。それは確か全員で持っているから、合わせて十五個の火薬玉――爆弾がある。それを使えば少なくとも気を削ぐことは出来るだろう。そしてその隙を狙ってサリー先生が攻撃をする。――完璧な作戦だった。  僕はメアリーとルーシーを集めて、耳打ちした。  教えることは手短に、先ほどの作戦について。 「ええ? そんなことができるわけが――」 「解ったわ、フル。サリー先生に信頼されているのだから、しっかりやらないとね」  ルーシーとメアリーの反応は対照的だった。  だが、この状況なら普通はルーシーの反応が一般人的反応だと思う。メアリーの反応のほうが頼もしいといえばそうなのだが、一般人的反応かといえばそうではない。 「それじゃ、行くよ。作戦開始は、アイツが広場へと到着した瞬間。チャンスは限られている。だから、真剣に挑まないとこっちがやられる。いいね?」  こくり、と最初に頷いたのはメアリー。  それに合わせて、ゆっくりと頷いたのはルーシーだった。 「それじゃ、幸運を(グッドラック)」  そうして作戦決行の舞台へと、僕たちは進む。  この作戦が無事に終わることを祈って、僕たちは広場へと向かうため、村長の家の外へと一歩足を前に踏み出した。  広場に到着すると、すでにルイスがスタンバイしていた。 「遅かったな。命乞いは済ませたか?」  サリー先生もすでに外に到着している。いつ狙ってもいいように錬金術を行使する準備をしているのだろう。 「……どんな作戦を実行するのか知らないが、いまさら命乞いをしても無駄だということは理解しているだろうな?」 「当たり前だろう。だから、僕たちはお前の前に立っているのだから」  それを聞いたルイスは鼻で笑った。 「……フン。その態度がどこまで保てるか見物だな」  そう言ったのを合図に、僕たちは――三つに分かれた。 「なんだと? いったい何を……」  そしてそれぞれの位置に到着して、火薬玉を投げつけた。  火薬玉はルイスの身体に衝突し、破裂する。火薬玉はあくまでも驚かす程度しか威力がないため、殺傷能力は殆ど無い。  しかしそれを防御するために翼を使った。  それがルイスの運の尽きだった。 (見えた!)  それがサリー先生のテレパシーで聞こえた言葉だった。  そしてサリー先生は的確に、ルイスの居る方向を向いて、両手を向けた。  刹那、ルイスの頭上に浮かび上がった雷雲から雷が撃ち落とされ、見事にそれに命中した。 「がああああああ!!??」  ルイスに効果は抜群だったようだ。ルイスはもがき苦しみながら、その身体を燃やしていく。  しかしながら、同時に彼が立っていた石像にも火が燃え移っていた。 「……くく、まさか斯様な手段で倒されることになるとは思いもしなかったぞ。お前たちの弱い戦法がどこまで通用するのか……見物だな。まあ、あの兄妹に出会えば、お前たちの表情もすぐに苦悶のそれに代わるのだろうが……」 「兄妹?」 「十三人の忌み子の中でも最強と言われた兄妹であり、『リバイバル・プロジェクト』の中核を担っていた……とも言われている兄妹。そうだな、名前だけでも教えてやろう」  燃えている身体ではあったが、それでもルイスは話を続けていた。  倒れつつも、その言葉を口にした。 「その名前は……イルファ……。覚えておくんだな、お前たちを絶望に叩き込む存在の名前だ。ハハハ、ハハ、ハハッハハハッハハハ!!」  そして、もうそれ以上、ルイスは何も言わなくなった。  ◇◇◇ 「助かりました、まさかダークネスを解除できるなんて」  サリー先生は村長に頭を下げる。  あれから。  ダークネスをかけられて五感を封じられていたサリー先生を救ったのは、トライヤムチェン族の村長だった。村長は儀式を台無しにされてしまったことを怒らなかった。怒るのではないかとちょっと覚悟していたが、いざされないとなると逆に怖くなってしまう。 「それと、少年たちよ。儀式が台無しになってしまったということ、決して悪いと思わなくていい」 「え……?」 「君たちは悪くないのだよ。儀式はまたやろうと思えばいつでもできる。昨日は乱入者が居たから出来なかったが……また条件さえ一致すればいつでもできるからね」  そう言って村長は柔和な笑みを浮かべた。  それを聞いた僕は内心ほっとしていた。何を言われるか解らなかったし、代償を求められてしまうとそれこそ何も出来ないと思っていたからだ。 「それと、予言の勇者だというのならば、これだけは覚えておいておきたまえ」  村長は僕にあるものを差し出した。  受け取って、そのものを見る。  それは小さな鍵だった。 「これは……?」 「それは我がトライヤムチェン族に伝わる秘宝の中にあった、鍵だ。いったい何の鍵か解らないが、それとともにある言い伝えが伝わっているのだよ。『予言の勇者が現れた時にそれを渡すように』と……。それがどういう意味を果たすかは解らないが、受け取ってくれたまえ。きっと、何か役立つときが来るはずだ」 「……解りました」  そして、僕たちはトライヤムチェン族の集落を後にする。  行きはルイス含め四人だったが、帰りはサリー先生に連れられて。  急いで今回の事態を報告する必要があることと、僕たちを保護しないといけないことが重なって、大急ぎで帰らなくてはならない――それがサリー先生の言葉だった。  そう言われてしまえば、僕たちはそれに従うしかない。  そう思うしか無かった。 「……それにしても」  ルイスに、トライヤムチェン族の村長が僕に対して言っていた言葉。  予言の勇者。  僕は、この世界では僕が思っている以上に重要なキャラクターなのかもしれない。  そういう思いを抱きつつ、僕はラドーム学院へと向かう帰路に着くのだった。